まなび、かく、ブログ。

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アメリカの田舎町の、「わたしの部屋」

今週のお題「わたしの部屋」

 

仕事の転勤でアメリカはテネシー州の片田舎に住んで約4年になります。

 

アパラチアン山脈の一部である、グレートスモーキー国立公園のふもとのとある田舎町。土地は広大で、1つ1つの家がとにかく、でかい。

 

出向者として、古いながらも大きな平屋に住まわせてもらい、

田舎生活を満喫しています。

 

そんな「わたしの部屋」について。

 

3LDKの平屋、自動車2台分のガレージに、バルコニー。

ゴルフのチッピング練習ができるような表庭と、裏庭。

各部屋がでかい。

こども2人が走りまわり、飛びまわり、

大声を出してのびのび暮らすのに、最適だ。

 

いつか日本へ帰るとき、

子供たちは日本の住環境に適合できる?

それが不安でもある。

下にひとが住む集合住宅は、もはや難しいだろう・・・

そんな不安がある。

 

でも今はこののびのび環境を楽しんでもらいたい。

どれだけ大声を出しても、周りの家に聞こえることは、

まずないだろう。

大声を出せば良い。

 

今日4/10はイースターの祝日。

休日の私は、リビングでBoseのスピーカーで好きな音楽をかけ、

昼間はアコースティックギターを、リビングや

庭に突き出たバルコニーで弾く。

 

庭にはリスやうさぎが走り回っている。

そんな中のバルコニーギターは至福のときだ。

 

厳密には、わたしの部屋はない。

不要だ。

リビングでパソコンを使うし、

子供たちが騒がしいときは、

ランドリールームにこもる。

 

ギターやパズルに集中するとき用の

ホビールームというものもある。

 

全ての部屋を、家族で共有しているので、

「わたしの部屋」という概念がない。

寝るのも、家族全員川の字だ。

 

バルコニーの話に戻るが、ここが一番好きだ。

赤いペンキで塗られらた、木製のバルコニー。

おそらく昔だれかが手作りしたような。

緑の芝生に生えるいろ。

 

静かだ。風が穏やかに吹く。

このブログは、そんなバルコニーギタータイムの直後に

書かれている。

 

ここではソーシャルディスタンスを保てる。

とくに意識をしなくとも、人との距離が2メートルを

割ることはそんなに多くない。

もともと、隔離生活に近い。

 

それに、完全な車社会で、

ドライブスルー文化がインフラとして根付いていることも、

コロナ感染拡大の抑制に一役買っているだろう。

スーパーや薬局まで、もともとドライブスルーの機能が整っているのだから。

 

3月末、外務省からメール通知がきた。

アメリカの渡航安全レベルが3に引き上げられたと。

 

会社からはもともと、レベル3に引き上げられたら、

出向者も「一時帰国推奨」になると、

そう聞いていた。

 

推奨なので、判断は各家庭による。

我が家でも家族会議をおこなった。

 

このテネシーの状況が、どう変わっていくだろう。

日本に帰国したとして、どのような生活になるだろう。

 

色々話し合った結果として、

私たちはここに残ることを決めている。

 

この田舎町で、

ソーシャルディスタンスを保ちながら

外出自粛をして暮らす分には、

おそらく今日本へ移動するリスクなどを踏まえると

安全なのではないか、という判断から。

 

不安がないわけではない。

経済の落ち込みはこの田舎町にも確実に影響を及ぼすだろう。

失業者が増えて治安が悪化したら・・・

アジア人差別が激化して、

家族が住みにくい町に変わってしまったら・・・

想像すると色々浮かんでくる。

 

どこまで行っても、私たちはこの町に住まわせてもらっている外国人だ。

いつか帰る。この町から出ていくのだ。

 

このコロナ渦で売れまくっているのは、

「トイレットペーパーとガン(ピストル)」だと同僚(ローカルスタッフ)が教えてくれた。

 

何が起きても、身を守るための準備だそうだ。

私たちにはその準備がない。

何かが起きないことを祈るしかないのだ。

 

イースターの今日。

最高の天気だ。

本来なら、この上ない行楽日和で、

全米のキャンプ場や遊園地や・・・

色々なところが大盛況となるべきなのだろう。

 

この広すぎる平屋で、

静かな平和なバルコニーで、

駆け回るうさぎたちを見ながら、

コーヒーをすする。

年末サンディエゴ旅行で買ってきたコーヒー。

飲むとサンディエゴの海を思い出す。

 

そんな何でもない田舎の美しい光景が、

どうか変わらないでと願う。

 

そんなアメリカ田舎町の、「わたしの部屋」。